2023年2月 1日 (水)

清水寺・成就院 今日から特別公開

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今日から「京の冬の旅」として清水寺・成就院が特別公開されます。「雪の京都を歩く」はお休みして、5年ぶりの公開ということで今回の見どころを紹介します。

「成就院」は清水寺の北総門の北にある塔頭です。この門はかって成就院の正門だったといわれています。

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成就院は室町時代の1484年、応仁の乱(1467-1477)で焼失した清水寺を復興した願阿上人によって創建され、以後清水寺の本願職を代々引き継ぐ塔頭となりました。本願職は勧進職ともいわれ、寺の維持・造営のために資金調達を行う職のことです。

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江戸時代前期の寛永6年(1629)、成就院から出火して清水寺伽藍の大半を類焼しました。寛水10年(1633)に徳川三代将軍家光が清水寺堂塔を再建しました。

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続いて東福門院(1607-1678)の命により成就院も復興し、現在の書院は寛水16年(1639)の再建です。(境内の東に土蔵があります。)

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下は拝観受付で、建物の中では写真撮影ができません。以下の内部の写真は5年前と今年の京の冬の旅のHPおよびガイドブックからの転載です。

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江戸時代初期を代表する名庭といわれる庭園(名勝)は、室町期の相阿弥の作で茶人 小掘遠州が補修したものとも、江戸期の俳人・松水貞徳の作とも伝わります。東山三十六峰のひとつ、高台寺山を借景とした池泉観賞式庭園です。

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古来より「雪月花の三名園」の一つに数えられ、月の光に照らされた庭の美しさを称えて「月の庭」とも呼ばれる名庭園です。谷を隔てた山の中腹に灯籠を立てて遠近感を出し、階段状の刈り込みを配するなど、随所に奥行きを感じさせる工夫が凝らされています。

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縁先の豊臣秀吉寄進と伝える「誰が袖手水鉢」、中島の島帽子石、蜻蛉灯籠、小島の籬島石、池右端の手毯灯籠などの名石や石灯籠が巧みに配され、植栽の五葉松や佗助椿とともに、見事な庭園美を構成しています。

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初夏はサツキ、夏は碧緑、秋は紅葉、冬は雪景色と四季それぞれに風情がある庭です。貴重な古いカラス窓を通して見る「月の庭」も美しく、見どころの一つです。

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幕末には 勤王僧として知られた月照上人とその実弟・信海上人が住職を務めたことでも知られ、西郷隆盛や近衛忠煕らが成就院に集まって密談したとも伝えられています。月照上人(左)と信海上人(右)の木造を安置しています。

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安政5年(1858)から始まった安政の大獄で、信海上人は投獄され江戸で獄中死。一方、月照上人は西郷と共に薩摩藩に逃れました。しかし、藩では厄介者として二人を日向国へ追放、前途を悲観した二人は錦江湾に入水しましたが、西郷だけが蘇生しました。

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西郷隆盛が月照上人17回忌に詠んだ弔詩を写した石碑の拓本が展示されました(上、5年前)。「相約して淵に投ず 後先なし あに図らんや 波上再生の縁 頭を回らせば 十有余年は夢 空しく幽明を隔てて墓前に哭す」、詩碑は北門の北にあります。

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西郷の弔詩は右の石碑で、中央は月照上人の辞世の歌「大君の為には何か惜しからん 薩摩の迫門(せと)に身は沈むとも」。左は、信海の辞世「西の海あずまのそらとかわれども こころはおなじ君が代のため」。

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歌碑の右に「近藤正慎之碑」  江戸時代末の尊攘運動家(1816-1858)で、成就院で出家し住持月照と活動をともにしました。安政の大獄で投獄され、師を守り獄中で自害しました。俳優の近藤正臣はその曾孫です。

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左手前に大槻重助の顕彰碑「忠僕重助碑」 重助は下僕として都落ちした月照、西郷らを薩摩へ送り、入水事件では二人を助けましたが月照は亡くなり遺品を持ち帰りました。幕府の追手に捕えられましたが、月照の安否は拷問を受けても口を割りませんでした。

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清水寺では二人の恩に報いるため境内に茶店の権利を与え、その子孫が現在でも営業しています。舞台の下の道沿いに「舌切茶屋」(夏の写真)。

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三重塔の下に「忠僕茶屋」(秋の写真)。二つの茶屋の名が少し変わっているのは上の逸話に由来したからです。

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ところで、5年前からの大きな変化は「雪月花の三庭苑」がそろったことです。江戸時代、妙満寺に雪の風情を愛でる「雪の庭」、清水寺に東山
の月を観る「月の庭」、北野に梅花を鑑賞する「花の庭」がありました。(妙満寺の山門)

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いずれも境内の「成就院(成就坊)」と名の付く寺にあり、成就院「雪月花三名園」ともいわれました。寺町二条にあった妙満寺成就院の「雪の庭」は、妙満寺が左京区岩倉の現在地へ移転した際、本坊へ移築されました。

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清水寺成就院の「月の庭」は往時のままの場所に現存していますが、北野天満宮の境内にあった「成就坊」の「花の庭」は、明治政府の神仏分離政策に伴い破却され失われていました。(上と下は妙満寺の雪の庭)

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「雪月花」は、中国・唐の詩人であった白居易の漢詩「寄殷協律(いんきょうりつによす)」の一節に詠まれた「雪月花時最憶君(雪月花のとき、最も君を憶ふ)」にある自然の美しい風物を表す語で、日本の美意識に大きな影響を与えたとされます。

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昨年1月、残されたかつての庭石などを使い「花の庭」が北野天満宮梅苑で再興され、およそ150年ぶりに日本人の愛した自然の美を体現する三庭苑がそろうことになりました。(花の庭は昨年3月の撮影です。)

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成就院の特別公開は2月1日(水)~3月19日(日)の期間、2月22日(水)・23日(木・祝)は拝観休止です。最後の写真は清水寺の北総門の外から。

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2023年1月31日 (火)

雪の京都を歩く 二年坂

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昨日の記事に続いて、高台寺の南の石段から(上の写真)から降りて、二年坂を歩きます。下は「霊山護国神社」の鳥居、この先は「維新の道」と呼ばれています。山の中腹に「霊山歴史館」の建物が見えます。

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南の端近くに右(西)から「一念坂」が合流します。竹内栖鳳邸宅跡にある「ザ・ソウドウ 東山 京都」からここまでの道で、平成2年に整備されて名付けられました。「一年坂」という場合もあります(道では撮影ができません)。

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左の敷地には「パークハイアット京都」があります。2019年に京大和の敷地で開業、客室70のうちスイートが9室あるラグジュアリーホテルです。左の建物はかって京大和の和食店でしたが、ホテル内にできた「BISTRO KYOTO]に変わっていました。

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この東(左)の脇道は「幕末志士葬送の道」とも呼ばれ、坂上に「霊明神社神道墓地」と「正法寺」があります。右端に「開山国阿上人参詣道」とあります。国阿上人は正法寺を創建した時宗の僧侶です。

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「どんぐり共和国」トトロショップで、「となりの トトロ」「魔女の宅急便」「千と千尋の神隠し」「崖の上のポニョ」などスタジオジブリ作品のキャラクターグッズがそろっています。

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左は「旭亭」 和雑貨、京小物のお店です。ちりめんの小物、飾扇子・京扇子、かんざし、西陣織の金襴の手提かばん、酒染・草木染のかばん、お香などいろいろあります。

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「アンティーク アルモニ」 バカラやモーゼルなどのグラス、セーブル、マイセン、ウースターなどの陶器に加え、日本の骨董品も扱っています。「アルモニ」は、フランス語で調和を意味するそうです。この頃雪が激しくなってきました。

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「石畳」 抹茶ソフトは他店とは違い、じっくり練り上げた手作りのペーストを使用し、製造後3時間がすると廃棄処分だそうです。数量限定のオリジナルの栗とカボチャのソフトもあります。

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左は「二井三(にいみ)」 千利休の師匠で、詫び香の始祖・武野紹鴎(じょうおう)がこよなく愛した香の調合を、一子相伝として伝えているそうです。一番人気は「加茂のせせらぎ」で、京線香、練り香水、百楽香などもあり、ネット販売もしています。

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「香十 京都二寧坂」?

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「貢茶 京都二寧坂店」 昨年12月23日に日本家屋を改装して開業したゴンチャのお店。1966年に台湾で生まれ、最高品質の茶葉を活かし、バラエティに富んだ斬新でおいしいお茶を提供、現在日本で100、世界で1800店舗以上を出店しているそうです。

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「香十 京都二寧坂」 香十は創業四百四十年、天正年間には御所御用も務めた香司名跡の香りの伝統を受け継ぎます。名人といわれた高井十右衛門のお香など商品の数々を現代にお届けしています。

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向こうに二年坂の石段が見えてきました。二年坂は「二寧坂」とも書き、石段だけでなくこの通り全体の呼び名です(もっとも、緩やかですが通りも坂になっています)。

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「爆笑似顔絵商店 清水・二寧坂店」 京都のお気に入りの名所を背景に、ユニークな似顔絵を描いてもらえます。また、写真を持っていけば、贈り物にすることもできます。

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「ちりめん細工館 二寧坂店」 残り布を使った吊り雛、季節を切り取る月ごとの細工物、てんてんてん毬、わらべシリーズ、小箱シリーズなどがあります。

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「スターバックスコーヒー 京都二寧坂ヤサカ茶屋店」 気付かないような小さな表札でも、外国人観光客はよく知っているようです。ここには、スタバとして世界で初めての試みが二つあるそうです。入口に暖簾をかけたこと、畳でコーヒーが頂けることです。

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左は丹波黒豆きんつばの「丹波黒」、右は竹久夢二の店「港屋」、右に「竹久夢二寓居の跡」の石碑。夢二は大正6(1917)2月に恋愛問題のもつれから東京を逃れてきて2階の2間に下宿、その2ヵ月後、北の高台寺南門前へ移り、愛人彦乃と同棲したそうです。

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「二年坂 cafe 我楽苦多」 厳選したコーヒー豆を贅沢に使ったオリジナルブレンド、本場イタリアから取り寄せたマシンを使ったエスプレッソなど本格的なカフェ。焙煎したてのコーヒー豆を販売、おばんざいのランチもあるそうです。

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石段の下にきました。石標には「二寧坂」とあり、こちらの漢字を使うお店が多いようです。私は長年の習慣で二年坂と書きます(地図もそうなっています)。

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石段の前から振り返って、右の「月下美人」は和菓子屋さんで、わらび餅、さつまいもモンブラン、苺大福団子などが人気だとか。開いているときは店先に「芋けんぴ」が詰まれています。

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石段の途中の「かさぎ屋」 1914年創業の老舗の甘味処、粒あん、こしあん、きな粉の三種のおはぎが評判です。夏は白玉5つ入りの京都らしい宇治抹茶のかき氷が人気があるそうです。

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石段の上から、ようやく雪が止んできました。

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