2017年4月29日 (土)

春の賀茂川を遡る 2017

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

ゴールデンウィークが始まりましたが、今日も桜の写真です。もう少しすると実際の季節に追いつくと思いますので、しばらくお待ちください。上と下は出町の三角州から。

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賀茂川沿いに上賀茂神社の近くの御園橋まで歩きます。最初は右岸(西岸)を歩き、橋の下をくぐっていきます。「出町橋」 出町三角州を横切って、賀茂川に出町橋、高野川に河合橋がかかっています。

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あちこちで花見をしていました。

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葵橋、西から来る河原町通は葵橋からは下鴨本通になります。

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このあたりから比叡山がいつも見えます。対岸は糺の森。

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糺の森にはトンビの巣があるようです。

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賀茂川(鴨川)の河川敷は京都府の「鴨川公園」として整備されています。特に、丸太町橋あたりから柊野にかけては、芝生や運動広場が設けられ整備がすすんだ区域です。

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また、出町橋から北山大橋までの左岸(東岸)には、ジョギングロードや木立に囲まれた散歩道が整っています。

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一方、竹田橋周辺から小枝橋までの下流の河川敷は、地元の方が利用するような緑地の散策の場となっています。振り返ると、将軍塚と青龍殿が見えます。

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「出雲路橋」 西は鞍馬口通、東は東鞍馬口通です。

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ところで、かっての鴨川の河川敷は現在のように広くはなく、川底も浅かったそうです。

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昭和10年(1935)6月29日未明に発生した鴨川水害は、市内で多数の死傷者が出て、広範囲で家屋の全半壊や浸水が起こりました。

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このとき、鴨川にかかる26橋のうち三条大橋など15橋が流失しました。当時コンクリートアーチ橋の四条大橋に上流の流出した橋が引っかかって水をせき止めたため、水があふれだしました。

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あふれた水が先斗町や鴨川と平行して走る京阪本線に路盤流失・駅舎やホーム・琵琶湖疏水の団栗閘門を破損させ、東山区側の宮川町も浸水しました。

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さらに翌朝には団栗橋・松原橋・五条大橋を倒壊させて正面橋をせき止めたため、さらに大きな被害を出しました。

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復旧作業中の8月10-11日にかけて再度の豪雨があり、鴨川にかけた仮橋が流失するなどの被害があり、大規模な河川改修工事が必要と判断されました。「大文字山」

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戦争による中断や京阪線地下化・疏水の暗渠化は中止されましたが、昭和22年(1947)に鴨川の河川改修工事は完成しました。「北大路橋」

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それまで西側に残る水路(みそそぎ川)の高さから2m近く川底が掘り下げられ、五条大橋-塩小路橋間の京阪線の緑地帯を撤去して川幅を広げ、落差数十cmの堰を多く造り川の流速を抑制する現在の姿になりました。ここから向こう岸に渡ります。

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河川改修工事によって、高水敷が整えられ、緑地化して運動広場や芝生地がつくられました。高水敷とは、常に水が流れる水路より高く作られた敷地(河川敷)ですが、大きな洪水のときには水につかることを想定しています。「半木(なからぎ)の道」

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また、堤防上にはサクラやマツ、カエデ、ムク、エノキなどが植えられ、それらは現在、老巨木として残っています。

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昭和37年(1962)に結成された京都鴨川ライオンズクラブは、鴨川の環境保全の活動を数多く行ってきました。

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結成10周年目を記念して72本の紅枝垂桜を植樹したのが「半木の道」の始まりで、以後毎年維持管理及び清掃活動を行っています。

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東にも道があって、ベンチが置いてあります。

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平成19年(2007)のJR「そうだ京都、行こう」キャンペーンに「半木の道」の桜が紹介され、全国的にも知られるようになってきました。

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「北山大橋」から半木の道。

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北山大橋から北の左岸は、桜の大木のトンネルになっています。賀茂街道ほど車で混雑していなくて、まだ穴場といえそうです。

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ここには古い民家も残っています。

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途中で「上賀茂橋」(玄以通)を通り過ぎます。 、


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もう少しで「御園橋」です。

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2017年4月28日 (金)

琵琶湖疏水 桜と十石舟

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日、南禅寺を訪れた後、疎水沿いに川端通まで歩きました。歩き始めた頃はすでに陽が傾いていて、途中で暗くなりライトアップが始まりました。最後にGWに特別公開される寺院その他を紹介します。(上は動物園前の南禅寺船溜り。)

下はインクラインの方、花見客でにぎわっています。

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この噴水は、琵琶湖疏水の高低差(蹴上と南禅寺の船溜り)による水圧だけを利用している「ナチュラル噴水」です。右から蹴上発電所を通ってきた水が流れ込みます。

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中央に「白川」の流入口が見えます。琵琶湖疎水の開通によって白川はここで疏水に合流して、神宮道の西で再び分かれて南に流れていきます。ですから、南側の白川の水はほとんど琵琶湖疎水の水です。

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右に「岡崎さくら・わかば回廊 十石舟めぐり」の乗船場があります。丁度船が帰ってきました。このあたりの疎水沿いの道は「六勝寺の桜並木」といわれています。平安時代に建立された「勝」の字が付く六つの寺があった場所です。

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向こうの市立動物園にも桜がいっぱいあります。このあたりには白河天皇が建立した六勝寺のうち最大の「法勝寺」がありました。その南庭には高さ80mに達する巨大な八角九重塔があったそうです。

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途中で岡崎道を過ぎて、向こうは京都市美術館。再整備工事のため4月10日から3年間休館します。命名権の対価で工事を行い、今後「京都市京セラ美術館」という名称になる予定です。

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平安神宮の大鳥居

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神宮道の橋の上から東(今来た方向)を見ると、先ほどの船が新しいお客を乗せてやってきました。

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今年の十石舟は3月25日(土)~5月7日(日)の期間に運航します。左に白川へ流れる分岐点があります。

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ここから白川は南の方に流れていき、その西側の散策路もきれいに整備されています。

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「京都国立近代美術館」

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琵琶湖疏水が西から北に向きをかえる場所。北の方から十石舟が帰ってきました。この時、桜の下の照明が灯りました。当初のライトアップは3月25日(土)~4月9日(日)の期間でしたが、桜の開花が遅れて4/11(火) まで延長されました。

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ライトアップの期間、十石舟は8時00分発~20時30分発まで運航します。

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ライトアップ以外の期間は、9時30分~16時30分発まで運航し、当日の状況によって17時30分発まで運航する場合もあるとのことです。 こちらは東の方、もう一隻やってきました。舟がすれ違うときは右側通行のようです。

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対岸は「みやこめっせ(京都市勧業館)」で、この辺りには近衛天皇(1139~1155)が建立した「延勝寺」がありました。

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二条通りの橋の上から、右に「ロームシアター京都」(旧京都会館)があります。

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ところで、京都にとって琵琶湖の水を引くことは昔からの夢でした。第3代京都府知事となった北垣国道は、明治維新による東京遷都のため沈滞した京都に活力を呼び戻すため、琵琶湖疏水の建設を計画しました。

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疏水の主な目的は、水力で新しい工場を興し、舟で物資の行き来を盛んにすることでした。工事途中で、水力(水車)の代わりに水力発電を採用したことにより、新しい産業が興り、路面電車も走るようになりました。(北から西に向きを変える場所から西の方角。)

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水運は、明治23年に大津、藤尾、山科の各運河とこの鴨東運河lが完成し、明治27年に鴨川に沿う鴨川運河が開通し、大津と伏見が水路で結ばれました。高低差がある山科と鴨東運河の間にはインクラインが設けられました。

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水路が開通してから十数年間は、旅客も貨物も大いに利用されました。貨物では、大津からの下りは米・砂利・薪炭・木材・煉瓦など、伏見からの上りは薪炭などが多かったそうです。

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しかしながら、大正元年(1912)に京津電気軌道(現京阪京津線)が開業、大正4年(1915)に京阪本線の五条-三条間が延長され、電車で大津と伏見が直結されるようになると、唯一残っていた渡航船会社の京近曳船は廃業しました。

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戦後の昭和26年(1951)に新会社が屋形船を運航しましたが、同年冬の第1疏水取入口改造工事のため停止しました。

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琵琶湖疏水の水運の利用は無くなりましたが、増大する電力需要と水道水確保のため第2疏水工事が開始され明治45年に完成しました。大正3年(1914)には夷川と墨染にも発電所が建てられました。

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夷川船溜りの北垣国道像は明治35年(1902)に建てられました。

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十石舟はここで折り返し、南禅寺と夷川の船溜り間を25分で往復します。

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夷川発電所の放出口、落差3.4mを利用して常時280kWを出力する無人発電所(関西電力)です。

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川端通から東を振り返って、左に「白川放水路」が平行に設けられています。白川は豪雨になると大変増水するので、こちらの水路にも分流します。

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最後に、GW中に特別公開が行われる(終了する)寺院その他を紹介します。GW以後も公開している場所は省略しています。

現在~5月2日(火) 西本願寺花灯明・夜の参拝・特別拝観
現在~5月5日(金) 得浄明院・戒壇めぐりと一初鑑賞会
現在~5月7日(日) 高台寺・春の特別展、圓徳院・春の特別展、銀閣寺・春の特別公開、正伝永源院・春の特別庭園公開(建仁寺)
4月28日(金)~5月7日(日)青蓮院・夜の特別拝観、将軍塚青龍殿・夜間特別拝観、無鄰菴・新緑ライトアップ
4月28日(金)~5月25日(木)東寺五重塔・初層の特別拝観
4月29日(土)~5月7日(日) 成就院庭園・特別公開(清水寺)
5月1日(月)~5日(金) 神護寺・寺宝の特別公開
5月3日(水)~7日(日) 蹴上浄水場の一般公開、安楽寺・春の特別公開

白川と疏水の鴨川放出口

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琵琶湖疏水は、ここから鴨川と並行して南下して「鴨川運河」と呼ばれました。

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2017年4月27日 (木)

平野神社 夕桜2017

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日の記事の退蔵院を出て、桜が満開の平野神社に来ました。もう4月下旬ですが、あと少し桜の記事が続きますのでよろしく。記事の後半にGWに行われる行事を紹介します。

この日は西大路通に面した鳥居から入りました。

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「平野神社」 平安遷都の年(794年)、桓武天皇の命により大和国平城京の田村後宮に祀られていた三神をこの地に遷したのが始まりです。参道の両側には露店や花見の貸席が並んでいます。

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平安時代を通じて朝廷の信仰が厚く、歴代の天皇がたびたび行幸しました。なお、848年には1神が合祀されています。祭神は後ほど紹介します。

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例大祭の平野祭には皇太子が奉幣し、皇族や諸大臣なども参列したそうです。(最初に「桜苑」に入ります。)

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平安時代の後期になると、皇族から臣籍降下した源氏、平氏、高階氏、清原氏、大江氏、菅原氏、秋篠氏などの武家や公家の氏神となりました。

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この桜苑には、ムラサキシキブや酔芙蓉も植えられています。

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室町時代の応仁の乱(1467-77)および、1532年の天文法華の乱により焼失しました。

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江戸時代初めの1626年、後陽成天皇の勅許により、公家の西洞院時慶が社殿の修造を行いました。

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桜苑の東口を出て、正面参道に来ました。

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江戸時代の社殿の修造の際に、伏見稲荷に祈願して浄財が集まり工事が無事に完了したことから、「出世導引稲荷神社」が建立されました。(鳥居をくぐった右にあります。)

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「東福門」は江戸時代前期の1650年に東福門院が寄進したものです。横の「魁(さきがけ)桜」は平野神社発祥の桜で早咲きの品種であることから この桜が咲き出すと都のお花見が始まるといわれています。

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「拝殿」 東福門と同じ時に東福門院が寄進したもので、釘を用いない接木の工法から「接木の拝殿」とよばれています。

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現在の社殿は江戸時代初めの寛永年間(1624-44)の造営で、平野造とよばれる本殿は重要文化財です。(手前は本殿拝所で、本殿は奥にあります。)

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本殿には、主祭神として今木神(いまきのかみ、源気新生の神)、久度神(くどのかみ、竈の神・衣食住生活安泰の神)、古開神(ふるあきのかみ、邪気を祓う神)の三神と、後で合祀された相殿の比売神(ひめのかみ、生産力の神)を祀っています。(白雲桜)

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平野神社では平安時代から桜が植樹され、現在では約60種400本あるそうです。珍種が多いのは、臣籍降下した氏族の氏神でもあったことから、蘇(よみがえ)り、生産繁栄を願い、各家伝来の桜を奉納したからと伝えられています。

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ここからは、ゴールデンウィーク中に行われる行事を紹介します。

4月29日(土)壬生寺・壬生狂言、城南宮・曲水の宴、春の六齋念仏踊り

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4月30日(日)京都国立博物館「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」 (胡蝶)

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5月1日(月)鴨川納涼床・床開き、鴨川をどり、藤森神社・藤森祭、上賀茂神社・競馬会足汰式、千本ゑんま堂・大念仏狂言、松尾大社・山吹まつり

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5月2日(火)大原女まつり

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5月3日(水)狸谷山不動院・狸谷山大般若祈願会、二条城清流園・市民煎茶の会、伏見稲荷・還幸祭、下鴨神社・流鏑馬神事

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5月4日(木)鷺森神社・宵宮、斎王代女人列御禊神事、新熊野神社・新熊野祭、八大神社・例祭(神幸祭)

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5月5日(金)下鴨神社・歩射神事、上賀茂神社・競馬会神事、赤山禅院・泰山府君祭大護摩供、地主神社・地主祭、今宮神社・今宮祭(神幸祭) (平野寝覚)

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5月7日(日)菅大臣天満宮・菅大臣祭と狂言、宝福寺・御本尊御開帳

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5月8日(月)吉田神社・山蔭祭

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