2019年1月17日 (木)

六道珍皇寺 初ゑんま詣

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

東大路から松原通を西に行くと、右手に「六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)」があります。1月12日(土)~16日(水)の期間「初ゑんま詣」が行われ、法要、特別拝観・寺宝公開、お札の授与などがありました。

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平安時代中頃まで、ここから東は鳥辺野という葬送地で、この通りは冥土への通路、六道の辻と呼ばれていました。(TOPの写真の山門の左手前に「六道の辻」という石碑があります。参道の右手にある「薬師堂」では薬師如来(重文)が公開されていました。)

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この寺の創建については様々な説がありますが、平安遷都前後の延暦年間(782-806)に空海の師・慶俊が創建した宝皇寺(愛宕寺)が前身であるという説が有力です。

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平安時代中期ごろまで、上京の死者は、蓮台野の引接寺(千本閻魔堂)、下京の死者はこの寺に運ばれ、住持は引導を渡して使者の霊を浄土に旅立たせました。そして最後の別れを告げ、遺体は鳥辺野へ運ばれました。

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右は「水子祠堂」、左は「お岩大明神」で、昔、四谷怪談のお岩さんの像が持ち込まれ、寺では社を造って供養しているのだそうです。

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「閻魔堂(篁堂)」 弘法大師像、閻魔大王座像、小野篁像が安置されています。閻魔大王座像は小野篁の作ともいわれています。

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小野篁(802-853)と当寺との関係にはいくつかの説がありますが、篁が閻魔堂を建て盂蘭盆会を行ったともいわれています。篁は身長が6尺2寸(180㎝)あり閻魔堂に祀られている像は実物大だそうです。下の写真はパンフレットからの転載です。

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当寺の盂蘭盆会は、小野篁があの世で母の霊に遭い、その苦しみを救うために、多くの供物を捧げたことに始まるといわれています。初ゑんま詣の特別拝観ではお線香が頂け、帰りにお詣りするようになっていました。

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「迎鐘」がつるされている「鐘楼」 盂蘭盆会ではこの鐘の音は冥土まで届き、使者の霊を現世に呼び戻すとされます。ひき棒につながれた綱がお堂の外に垂れ、この綱を引くと鐘が鳴ります。鐘の下に冥途へつながる井戸が掘られているとか。

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左は「延命地蔵尊」 地蔵菩薩の功徳のうち、特に地獄の鬼から子どもを救い、寿命を延ばすという信仰が発展し、江戸時代には延命地蔵などさまざまな地蔵の呼び名が生まれました。正面は昨日の記事で外から見た東門。

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「水子地蔵尊」

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「三界万霊十方至聖」の石塔 野辺送りに先立ち、住持はここで引導を渡したといいます。三界とは欲界、色界(物質の世界)、無色界(欲も物もない世界)をいい、この世の生きとし生けるすべての霊を供養して浄土へ導くのだそうです。

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本堂は1890年の再建で、本尊の「薬師如来坐像」、脇侍に「日光・月光菩薩像」の薬師三尊像が安置されていて、京仏師の中西祥雲作とされます。左に拝観入り口があります。

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室内では撮影できませんが、縁側から庭は撮影可能だそうです。普段は、本堂の右手の格子窓からこの方向が眺められます。

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小野篁は昼は朝廷に仕え、毎夜、冥土へ入り閻魔大王のもとで死者に対する裁判に立会っていたという伝承が古くからあります。平安時代末の『今昔物語集』には、病死して閻魔庁に引据えられた藤原良相を小野篁がとりなして蘇生したという逸話があります。

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「竹林大明神」 小野篁の念持仏が祀られているとされます。右に「小野篁冥土通いの井戸」があります。

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井戸の傍に高野槙が生え、篁はその枝をつたって冥途に入り、冥界の閻魔庁に通ったといいます。この井戸は入口で、出口は嵯峨野大覚寺門前六道町にあった福生寺とされます。

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寺には古くから篁ゆかりの井戸がもう一つあるとの口伝がありました。2011年に境内北の民有地からそれと思われる井戸が発見され、「黄泉(よみ)がえりの井戸」と名づけられました。上の写真の右奥に通路があり、昨日通った南北の通りへ出る木戸の手前です。

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ところで、閻魔大王のルーツはインド神話のヤマ神とされます。ヤマ神は人間の祖ともいわれ、人類最初の死者となったことから冥界で死後の世界を支配し、死者を生前の行為に従って賞罰をつかさどり、人々に恐れられる冥府(冥土)の王となったそうです。(北門)

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仏教に取り入れられてからは、密教において十二天のひとりの閻魔天となり、仏界を警護する「天」に属する仏として南方の方位を守る護法神となりました。閻魔天は中国において道教の冥界思想と融合して閻魔大王となったとされます。

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わが国では、「閻魔天」は平安時代、「閻魔大王」は鎌倉時代以降、浄土教の隆盛、十王信仰の浸透とともに知られるようになりました。閻魔天(閻魔大王)の斎日の正月と7月の16日は、『地獄の釜の蓋が開く日』ともいわれます。寺宝の「熊野勧進十界曼荼羅図」。

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実は閻魔さまは優しい心の持ち主で、その怖い顔は融けた銅を飲み込んで地獄に送られる人々の苦しみを体験しているといわれます。また、当初は第一審の裁判官でしたが、情にもろくてつい許してしまい、生き返る人が多くて困ったことになったそうです。

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そこで、第五審の裁判官に異動させられ、死後35日経ているので許そうにも死者には帰る肉体が無いことが多く、トラブルが減ったという話も伝わっています。

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三界万霊十方至聖の石塔の周りにはいろいろな草花が植えられています。 

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2019年1月16日 (水)

八坂通を歩く 霊源院から東大路へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

特別公開中の霊源院を出て、再び八坂通を上ります。通りの先にはいつも八坂の塔が見え(TOP)、霊源院から八坂通への脇道の向かいには「六道珍皇寺」の北門があります(下)。

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「祇園辻利本社ビル」 幕末の萬延元年(1860)、山城国宇治村(宇治市)で辻利右衛門が宇治茶の製造と販売を開業、後に祇園を拠点としたことから「祇園辻利」と改名しました。本店は四条通に、京都駅八条口や東京スカイツリータウンにも店があります。

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「八坂通り燕楽(えんらく)」 おすすめの「京ランチ」(2千円)は、おばんざい五種盛り・変わりおでん盛り・生麩生湯葉吉野葛餡かけ・京野菜の天ぷら・湯葉ごはん又は小田巻蒸・抹茶アイス。コース料理もあります。1階はカウンター席と庭の見える個室、2階はお座敷。

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ちょっと寄り道して、祇園辻利の横の道を南に行きます。

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門の向こうは六道珍皇寺の庭園で、小野篁が冥途通いをした「黄泉(よみ)がえり之井」があります。門には小野篁を祀る祠「小野愛宕権現」の名が掲げられています。

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「麗閣八坂」 築100年の京町家を改装したホテルです。

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「六道珍皇寺東門」 8月7日~10日の「六道まいり」では、ここから、先ほど通った祇園辻利の前までお詣りの行列が続きます。1月12~16日の期間は「初ゑんま詣」が行われ、(予約なしで)先ほどの庭園や本堂の拝観ができます。

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八坂通と脇道の角にある「La・CREA祇園八坂通」 平成23年にオープンした学生マンションで、バス・トイレ別タイプ、家具・家電付、食事は朝のみ・夕のみ・朝夕2食の選択制、レディスフロアーもあるそうです。こんな学生生活を送ってみたかった!

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こちらがLa・CREA祇園八坂通の門です。

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向かいに「宮野工務店」、その右手の脇道の先に霊源院の墓地があります。

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「京やきにく 弘 八坂邸」 門を入り石段を上ると築80年の旧家を改装した建物があります。極上の和牛の焼肉コースは、先付けやコースの合間に日本料理が出され、「京やきにく」という表現に相応しい上品な料理だそうです。

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「グランコート高台寺」 築23年、五階建て、全8戸のマンション(賃貸)です。1階(右)に平成27年から「De Marchi Kyoto」(デマルキ京都店)が入っています。イタリアの高級サイクルウェアブランドDe Marchi の輸入販売店です。

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「京都 祇園 京柿」 昼は3~5千円(税サ別)の湯豆腐膳、鴨川弁当、造り膳、祇園会席などがあります。夜の京会席料理はそれなりのお値段です。

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東大路通まで来ました。六道参りの石標が今歩いてきた八坂通の方を指しています。六道珍皇寺の表門は南の松原通にありますが、行列の最後尾はいつもこの通りになります。

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通りの向かいから、おなじみの八坂通(東部)が始まります。ここは東行き一方通行で、土日祝日の10時-17時は自転車歩行者専用道路となります。道幅が狭いので八坂の塔が窮屈そうに見えます。

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明日は、後日訪れた六道珍皇寺の初ゑんま詣にします。

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