夕暮れの花見小路を歩く
←目次 2006年1月27日から毎日更新しています。
先日、安井金毘羅宮を訪れた後、花見小路を通って帰宅しました。その前に安井金毘羅宮に祀られている崇徳上皇のお墓にお参りをしていきます。下は北参道から少し北に行きます。
「崇徳天皇御廟」 平安時代末の保元の乱(1156年)に敗れた崇徳上皇は、讃岐に流され悲嘆の日々を送ります。血書をもって都への還幸を願いましたが、聞き入れられず46歳で崩御しました。
上皇の寵愛を受けた阿波内侍(あわのないし)は遺髪を請い受け、この地に一塚を築き、亡き上皇の霊を慰めたと伝えられています。この頃、京では異変が相次ぎ、崇徳上皇の祟りと恐れられたため、人々は御影堂や粟田宮を建てて慰霊しました。
しかしそれらは廃絶し、今ではこの地のみが上皇をしのぶ御廟となっています。ここから安井北門通(安井通)に戻ります。
安井北門通を西に行くと建仁寺の塀に突き当り、その北に建仁寺の北門があります。ここから花見小路通に入ります。すぐ右(東)に建仁寺の塔頭があります。
「大中院」 康永元年(1342)に東海竺源(じくげん)を開基として創建、応仁の乱で荒廃。承応4年(1655)に雪窓霊玉(せっそうれいぎょく)が中興、文化年中(1804ー18)に景和竺応・全室慈保が再建しました。
「花見小路通」、左は団栗通、右にJRAウインズ京都(場外馬券売り場)があります。その北に耐震改修中の「祇園甲部歌舞練場」があります(2022年完了予定)。
左は「弥栄会館」(国登録有形文化財)、帝国ホテルが改修して富裕層向けに高級ホテル(70室程度)として2022年に開業することで所有者の「八坂女紅場学園」と合意しました。
今日はお店の紹介はありません。
御存じの方が多いと思いますが、昨年10月25日から祇園花見小路周辺で「私道での撮影禁止」となりました。下のような看板に加え、「許可のない撮影は1万円申し受けます」という看板も立っているようです。
花見小路通の周辺は、石畳の道にお茶屋や料亭が並ぶ、風情ある町並みで観光客の人気を集めています。
しかし、5年ほど前から私有地に無断で立ち入ったり、写真撮影のために芸舞妓を追いかけ、裾を引っ張ったりするなどのマナー違反が目立つようになりました。
地元では市に対策を求める要望書の提出や、マナーを守るよう呼びかける立て札の設置、地域の人で集まってチラシ配りなどを行ってきました。
禁止事項をイラストにした看板は分かりやすいと思ったのですが、それでは十分でなかったようです。
この地域の町並みは、上賀茂の社家町や鳥居本のような伝統的建物群保存地区には指定されていません。地元が、文化財に指定されるのではなく、柔軟なまちづくりをしていきたいという意向を持っていたからです。
そのかわり、行政と住民代表が「祇園町南側地区協議会(約300世帯が会員)」を設立、景観条例に基づきこの地域を歴史的景観保全修景地区に指定しました。
そこでは、メインストリートである花見小路通(公道)の無電柱化や石畳整備、建築確認申請が必要な工事や屋外広告物の掲示には、地域のルールにそった協議がおこなわれることになりました。
また、2002年からは日本中央競馬会の支援を受け、市の事業として私道の石畳化事業が開始されました。
上述の「私道での撮影禁止」では、私道と公道の区別が分からないという方が多くいます。上で述べた事情から、市により整備された道は公道だとは言い切れません。
私が調べたところ西花見小路通、中道(中路)は私道で、弥生小路、南園小路、初音小路、青柳小路、小袖小路など、花見小路通と交わる東西の道も同様に私道だと思われます(南の安井北門通と団栗通を除く)。
地元の協議会では、私道での撮影禁止はマナーを守って欲しいとの考えからで、当面様子を見守っていくそうです。ブログで紹介したい通りがまだ残っていますが、撮影禁止を守らざるを得ません。
上で述べた東西の道はいずれも花見小路と同様に情緒がある町並みで、ご自分で散策されることをお勧めします。下は四条通の向かいから。
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