2016年8月28日 (日)

下鴨神社 光の祭

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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昨日は久しぶりに遠出しました。その記事は後日として、帰りに下鴨神社のライトアップに寄ってきました。下は表参道入口付近で、右端には長い行列ができています。

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正式には今年初めて開催された「下鴨神社 糺の森の光の祭」というイベントです。期間は8月17日(水)~8月31日(水)ですが、今日の28日(日)が最後の展示もありますので、急遽記事にしました。

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表参道の並木が次々と違う色に照らされます。

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以前に植物園でも同様のライトアップを見ましたが、下の照明器具がそれぞれの木を照らし、各色のライトが次々と切り替わります。

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参道沿いのライトアップは「呼応する木々、下鴨神社 糺の森」という作品だそうです。「呼応する」とは、楼門の中にある光の球体に人が触れると光が変化して、それが森の光とも連動するのだそうです。

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参道を歩く限り球体の光との関係は分かりませんが、普段見慣れた参道が幻想的な雰囲気になっていました。

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赤く照らされているときは紅葉のようです。

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ご神木も刻々と色を変えます。

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書家の吉川壽一氏による作品がライトに照らされていました。新古今和歌集にある鴨長明の歌「枕とて いづれの草に 契るらむ 行くを限りの 野べの夕暮」

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南鳥居まで来ました。最初に見た行列は、河合神社の前から馬場の方に行き、このあたりで再び参道の右(東)に続いています。楼門が見えます。

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この行列は楼門の中(境内)で行われている展示「呼応する球体-下鴨神社 糺の森」を見るために並んでいます(土日だけ行われ、入場料500円です)。

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聞くと先頭は昼の2時くらいから並んでいたそうです。私が19時くらいに着くと既に長い行列ができていて、入るのを諦めました。ともかく楼門の前まで行って引き返すことにしました。

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数時間行列に並んで、中にいれるのは10分~15分くらいだそうです。主催者もこれ程たくさんの人が詰めかけることは予想していなかったようで、初詣以上の混雑のため場所によってはなかり危険な状態でした。

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ところで、このイベントの主催は下鴨神社と株式会社W mediaです。この会社は『東京ガールズコレクション』などを主催している企画会社です。(楼門の近くまできて前の人の頭越しに中を撮りました。)

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また、これらの展示作品の制作は「チームラボ」です。この会社は、プログラマ、映像制作者、絵師、数学者、建築家など、デジタル社会の様々な分野のスペシャリストから構成される技術者集団だそうです。

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チームラボの猪子社長は「木に人が近づくとそこから色と音が変わって広がり、木の光が球体に呼応するし、球体に触ると光が呼応していって、森の光にも呼応していく。」(ようやく楼門の前まで来ました。)

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「昔の人々は森と人との境界がなくて、自然と一体となる体験をしていたはず。そんな体験をこの森でできる、そんな作品になったら」と話しているそうです。この話を知って初めてこの作品の意図したいことが分かりました。

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また、「一過性のブームに終わることなく、広く京都の文化価値向上を図ることを旨とし永く継続される、伝統行事として根付かせ」たいと考えているそうです。

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「京都人は新しいもの好き」といわれます。まして、世界遺産の下鴨神社で今までないような斬新なライトアップをして、それがテレビで何度も紹介されれば、大勢の人が詰めかけるのは当然のことです。

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それが伝統行事として根付くかどうかは分かりませんが、暑い夏の夜の夕涼みがてらに、綺麗な光を見て歩くというだけでもいいのかも知れません。だだし、混雑を何とかしてほしいものです。

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2016年8月27日 (土)

高台寺 初公開の展望台

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高台寺方丈を出て、開山堂に向かいました。「開山堂」はかってねねの養父母の浅野長勝、七曲の持仏堂でしたが、1605年の高台寺創建の際に伏見城からこの地に移され、その後開山堂となりました。

中興の祖の「三江紹益坐像」、家康に命じられて高台寺の普請掛を務めた「堀監物直政木像」、ねねの兄「木下家定夫婦木像」が安置されています。

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昨日上がった方丈。

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開山堂周辺の庭は、東山を借景として山裾の起伏も取り入れた池泉廻遊式庭園です。小堀遠州の作庭ともいわれ、国の史跡・名勝に指定されています。

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開山堂の天井には今回特別公開されている狩野山楽筆の「龍図」、および、木造彩色の「迦陵頻迦図」、金地著色で御所車の天井を利用した「四季草花図」があります。内部は撮影できません。

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開山堂は書院と渡廊(廊橋)でつながっています。こちらの池は「偃月池(えんげつち)」。

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東は「臥龍廊(がりょうろう)」が斜面の上にある霊屋(おたまや)との間をつないでいます。こちらの池は「臥龍池(がりょうち)」で紅葉が綺麗なところです。

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開山堂を出て、山の斜面にある霊屋に向かいます。霊屋も高台寺の創建時に伏見城から移されました。

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「霊屋」の中央の厨子内に秀吉の念持仏だった「随求菩薩(ずいぐぼさつ)」、須弥檀の右に衣冠束帯姿の「豊臣秀吉坐像」、左に尼僧姿の「高台院坐像」が安置されています。その下にねねの遺骸が土葬されているそうです。内部は撮影できません。

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臥龍廊、開山堂まで60mあり、霊屋の近くではかなり傾斜がきつくなっています。

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霊屋からさらに上に道が続いています。この道を上った先に伏見城から移されたとされる二つの茶室があります。

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「傘亭」(重文)  室内から見上げると屋根裏が唐傘の骨組みに見えることから名づけられました。伏見城では池に面していて、舟で出入りするための跳ね上がり式の舟入口があります。 二つの茶室は小堀遠州作とされる「高土間廊下」でつながっています。

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向こうは「時雨亭」 伏見城にあったとき秀吉が時雨のように不意に訪れていたことから名づけられたともいいます。一階には待合の板間と台所の土間、階上は板張で上段と下段からなり、上段の三方は突き上げで開きます。

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二つの茶室の裏(山側)に初めて公開された展望台への上り道があります。

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二つの茶室が下に見えるようになってきました。

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展望台に石塔がありました。

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この展望台から市内の広い範囲が見渡せます。

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見晴らしがいい場所では、眺望の目安として送り火の五山を探すことにしています。北山にある「船形」。

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左大文字

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鳥居形は少し見づらいですが、間に遮るものはありません。

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下りは別の道になりますが、途中から二つの茶室からの道と合流します。

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途中で竹林の中を通ります。

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竹林の下の方で「霊山観音像」の真横を通ります。

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茶店の「雲居(うんご)庵」 この名はかってこのあたりにあった「雲居寺」に由来しています。前庭は「竹風庭」。

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冷房の効いた部屋でお菓子付きのお抹茶が頂けます。

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左の「天満宮」はねねの夢枕に立った道真の自筆という高台天神像を祀ります。右に「東山路傍の触れ仏」が置かれています。仏様や仏具に触れるとご利益があるとか。

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この後、塔頭の圓徳院に向かいました。

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2016年8月26日 (金)

高台寺 夏の方丈へ

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昨日の記事で石塀小路を通って「ねねの道」まで来ました。少し北に行くと高台寺の参道石段があります。高台寺では「京の夏の旅」として「百鬼夜行」の絵巻(圓徳院)、開山堂天井の龍図、境内の最も高い部分にある展望台が一般公開されています。

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石段を上ると山門があり、そこに妖怪の提灯がぶら下がっています。これは高台寺で開催されている「百鬼夜行展」にあわせて「高台寺門前会」が制作した提灯だそうです。このユーモラスな提灯は、途中のあちこちで見かけました。

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「高台寺」は正式には鷲峰山高台寺という臨済宗建仁寺派のお寺です。豊臣秀吉の死後、その菩提を弔うため江戸時代の慶長11年(1606)に正室・北政所ねねが建立した寺です。(正面は庫裏。)

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鬼瓦には「五七桐」が付けられています。五七桐はかって天皇家の紋章でしたが、その後朝廷の権威を保つために将軍や有力大名にこの紋章を下賜してきました。秀吉にも豊臣姓ととともにこの紋章が下賜されて、豊臣家の家紋となりました。

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秀吉の死後も徳川家康とねねとの関係は良好で、高台寺の設立に関しては将軍となった家康が多大な援助をしたので、寺は壮麗をきわめたといいます。(庭園に入る前に、祇園閣が見える場所があります。)

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庭園に出る途中に三つの茶室があります。

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「湖月庵」 ここで開かれる「陣中席」は、秀吉が戦を前に武将を鼓舞するために開いた茶会に由来します。他に、ねねの命日に「北政所茶会」、「秋の夜の観月茶会」なども催されます。

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「遺芳庵」 豪商・灰屋紹益(じょうえき)が、亡き妻・2代目吉野太夫を偲んで建てたとされ吉野席とも呼ばれます。1908年に灰屋邸跡から塔頭・岡林院に移され、近年現在地に移されました。

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「鬼瓦席」も、1908年に灰屋邸跡から現在地に移され、紹益好みの茶室といわれます。妻に扁額の代わりに鬼瓦が掛けられていて「鬼瓦席」と呼ばれます。

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順路は方丈の方に向かいます。

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向こうに湖月庵、右に鬼瓦席、手前は湖月庵前庭です。

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「偃月池(えんげつち)」の中に「観月台」が設けられ、書院から廊橋がつながっています。

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書院から入って、方丈に渡ります。百鬼夜行絵巻や幽霊図等は塔頭の圓徳院の所蔵で、そちらで公開されています。

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方丈前庭は、唐門を正面にして、白砂による砂紋と立砂からなる枯山水式で、「波心庭」と呼ばれています。ときどき奇抜jな趣向がこらされますが、この日はいつもどおりの砂紋でした。

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右端(西)に、高台寺で唯一の枝垂桜があります。方丈は1912年に再建されたもので、本尊の「釈迦如来坐像(宝冠釈迦)」を安置しています。

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かっての方丈は伏見城の遺構で、狩野永徳や土佐光信らの襖絵が飾られていましたが、焼失してしまいました。(前庭の東は苔地になっています。)

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こちらは東の方。

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向こうの山の上に、今回初めて公開された展望台があります。

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方丈を出て、庭園を巡ります。

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こちらは方丈前庭の東側で、塀の前の苔地に立石と樹木を配置して、その周りに低い植え込みがあります。紅葉が綺麗な場所です。

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夏の夜間特別拝観(波心庭のプロジェクションマッピング)は8月18日に終わりました。9月9日~9月25日の金・土・日には「秋の夜の観月茶会」が開かれます(前日までに要予約)。

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方丈を後に、特別公開されている開山堂と展望台に向かいます。

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