2020年12月 3日 (木)

金戒光明寺 栄摂院から境内へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日真如堂を訪れた後、金戒光明寺(黒谷)に向かいました。北門からの道に真っ赤な山門の栄摂院(えいしょういん)があります。

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「栄摂院」は金戒光明寺の塔頭で、安土桃山時代の天正17年(1589)、戦国武将の木俣守勝(もりかつ)が松誉琴察上人を開山として創建しました。(紅葉の時期だけ庭園を無料公開しています。)

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木俣守勝(1555-1610)は三河に生まれ、父の代から徳川家康に仕え、養子に木俣守安がいます。しかし、家族と仲違いして徳川家を出奔、織田信長に拝謁し50石で明智光秀に仕えました。(参道の途中にお地蔵さん)

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明智家でも播磨攻めや石山本願寺攻などで軍功が目覚ましく、徳川家康は織田信長に頼み込み木俣守勝を復帰させました。下は「普摂(ふしょう)之塔」、合祀永代供養墓です。

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天正10年(1582)6月本能寺の変が起こると、家康は取り乱し知恩院に駆け込んで自刃すると言い出しました。しかし、本多忠勝など家臣たちに説得されて帰国を決意、伊賀を経由して三河へ帰還しました。「中門」

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木俣守勝は家康の伊賀越えを警護しました。通常は閉ざされている中門をくぐると左が本堂です。貼り紙に、拝観の注意と庭園の維持・整備のために志納金を募っています。

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本堂の前から斜面にかけて庭園になっていて、斜面の上には釈迦如来坐像が鎮座しています。

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木俣守勝と開山の松誉琴察上人は同郷(三河)の縁があったようです。本堂、庫裏、書院は江戸時代前期(1600年代中期)に建てられました。

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庭の奥には小さな池があり、水面はカエデの落葉で覆われていました。今年の紅葉は、いつまでも緑の葉が残っている一方で、紅葉した葉が次第に色褪せて散っていきます。

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本堂の右に廻ると、「黒谷明星水」という名水が湧く井戸があります。明星水の名は、井戸水に空から明星が落ち、そこから菩薩が現れたという伝承が由来だそうです。

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当時の皇族や公家の方々が、この明星水を使ってお茶を楽しんだといわれています。井戸から先は行けませんが、広い池泉回遊式の庭園があります。右は吉田山の斜面。

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こちらの池は広く、向うの建物は書院と思われます。

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木俣守勝は、晩年には彦根藩井伊家の家老になり、直政や直勝を補佐しました。慶長15年(1610)病に倒れると家康から薬を贈られましたが、静養先の京都で死去、金戒光明寺に葬られました。

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養子の木俣守安は大坂冬の陣で井伊勢の先鋒を務め、その後木俣氏は代々井伊家の筆頭家老となりました。明治33年(1900)12代当主・畏三は男爵に叙せられました。

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栄摂院を出て、さらに南に歩くと御影堂の横に出ます。石仏(阿弥陀如来坐像)の横にある大きなイチョウの木は葉は散りかけています。

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向かいには「慈母観音像」、この向う(西)にも多くの塔頭があるのですが、後で訪れます。

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「御影堂(大殿)」 内陣正面に宗祖法然上人75歳の御影(座像)を安置しています。また、獅子に騎乗する文殊菩薩様や1200余年前に吉備真備が中国から持ち帰った栴檀(せんだん)を用いて刻んだ吉備観音なども安置されています。

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「阿弥陀堂」 江戸時代の慶長10年(1605)豊臣秀頼によって再建された寺内で最も古い建物。恵心僧都最終の作の本尊阿弥陀如来が納められています。 胎内に彫刻の器具が納められているので、「おとめの如来」「ノミおさめ如来」と称されています。

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「納骨堂」元禄2年(1689)に経蔵として建立、黄檗版一切経が納められていましたが、現在は収蔵庫に遷されました。平成23年(2011)納骨堂として改修され、本尊は納骨された骨で造立された阿弥陀如来像(骨仏)。堂内には、法然上人二十五霊場のお砂踏みが置かれ、右回りに一巡すれば二十五霊場を巡拝したのと同じ功徳が得られるといいます。

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「大方丈」には「紫雲庭園」や、松平容保や八重の書、若冲の「群鶏図」屏風などがあります。

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大方丈の横に「熊谷直実鎧掛けの松」があります。初代、二代とこの伝説を継承してきましたが、平成25年(2013)に枯れてしまい翌年新たに植えられました。

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「清和殿」文久2年(1862)入洛した会津藩主・松平容保は金戒光明寺の庫裡を本陣とし、以後5年間京都守護職として務めました。昭和4年改造され、信徒の集会や宿泊に利用されています。御朱印もこちらです。

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昨年4月にオープンしたお茶処[戀西楼(れんさいろう) 快庵] 麺類や丼物、日替わりランチ、甘味などがあります。ここで一休みして、私の好きな「たぬきうどん」を頂きました。

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この店では「京風あんかけきつねうどん」という名で、他とは違い分厚いお揚げがのっていました。ご近所の[京豆腐 服部]のお揚げだそうで、よく味がしみていました。「鐘楼」

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このあと、紅葉を眺めながら塔頭や文殊塔をめぐります。

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2020年12月 2日 (水)

渡月橋と大堰川左岸 2020秋

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事に続いて、渡月橋を渡り大堰川(桂川)左岸を歩きました。

「琴きき橋跡」の石標。平家物語によると、高倉天皇が愛した小督は、時の権力者平清盛の怒りにふれてこの地に身を隠していました。高倉天皇の中宮・建礼門院は清盛の娘でした。

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高倉天皇の命を受けて小督を探していた源仲国が、この橋で小督の弾く琴の音を聞いたとされます。下は、いつもの撮影スポットからで、嵐山公園(臨川寺地区)になります。

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「大井神社」5世紀後半、秦氏の葛野大堰(かどのおおい)造営の際に治水の神として祀られ、大堰川の守り神、商売繁盛の神として住民の信仰が厚く、角倉了以も帰依したといわれます。

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参道はレンタサイクル屋さんの駐輪場になっています。渡月橋が通る長辻通(府道29号線)を渡ります。交差点の角(左)に桜餅で知られる「琴きき茶屋」があります。

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「車折神社 嵐山頓宮」 頓宮(とんぐう)とは別社のことで、車折神社の祭神(平安時代後期の儒学者・清原頼業)が5月の三船祭のときここに立ち寄ります。手前には小さな「琴きき橋」が造られています。

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「Cafe花しるべ」 琴きき茶屋の姉妹店。琴きき茶屋が混んでいるとき、只今の時間は食事のみで、喫茶は花しるべへと案内されるそうです。

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人力車の「えびす屋」の総本店。

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6月に来たとき入った豆腐料理の「松ヶ枝(まつがえ)」きれいな庭園があり、同じ敷地に手打ちそば「嵐山よしむら」もあります(右の建物)。

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「MUNI KYOTO」 今年8月にオープンしたラグジュアリーホテルです。全21室で、レストラン、エステサロン、スポーツジム、ショップ他様々なサービスもあります。

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コーヒー専門店「アラビカ京都 嵐山」、アラビカは海外ではよく知られたブランドで、会長はラテアートの世界チャンピオンだそうです。最近ではインスタ映えする眺めが評判で、いつも行列ができています。

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上の横道を入ったところに「小督塚」があります。高倉天皇のもとに連れ戻された小督は、天皇の寵愛を受けて女の子を産みました。しかし、それも清盛の知るところとなり、小督は無理矢理出家されられてしまいました。

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小督は再び嵯峨野に戻ってきて、このあたりに隠棲したとされます。五輪塔は琴の名手の小督の供養塔で、かっては古い琴を置くと供養してくれたそうです。小督の墓は清閑寺の高倉天皇稜のそばにあります。

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「福田美術館」アイフルの創業者・福田吉孝氏が収集した江戸時代から近代にかけての主要な画家の作品・約1,500点を所蔵、中でも京都画壇の作品が充実しています。

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「嵐山 熊彦」 昭和3年高瀬川のほとりに京料理の「たん熊」が誕生、こちらは昭和53年に開店しました。会席料理のお店で、お昼は松花堂や昼会席など5,000円、夜の会席やおまかせ料理は15,000円から。

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「いこい」 豆腐料理の店ですが、甘味や定食、お弁当もあり、湯豆腐定食はお手頃だそうです。

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右手には大きなお店が続きます。

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「旅亭 嵐月」 信楽焼の露天風呂がある特別室3室を含む全15室の料理旅館です。お風呂は丹波山地の降水が長い時をかけて地層のミネラルを溶かしながら浸透した深層地下水を用いています。

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「嵐山温泉 嵐山辨慶」 こちらは全10室の料理旅館で、嵐山温泉は天然の単純泉(低張性弱アルカリ性温泉)で、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、浸性消化器病などにも効能が期待できるそうです。

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「京都吉兆 嵐山本店」道具商の児島嘉助氏は、懇意だった吉兆創業者・湯木貞一氏に何度も売るように頼まれた九曜灯篭を別邸に移しました。児島氏が急逝したあと、ご子息に別邸を譲り受けて開業したのがこの店です。

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ここから川沿いの道に下ります。大堰川にはボートが沢山出ていましたが、こちらの屋形船はほとんど動いていませんでした。

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この登り道から先が「嵐山公園(亀山地区)」。亀山はモミジの落葉が敷き詰められているようです。

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向う岸に「琴ヶ瀬茶屋」があり、こちらから小舟で行けます。

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「亀山家」 麺類など和食のお店で、食事をしながら大堰川と対岸のモミジが見られます。この先を行くと、豆腐料理の「松籟庵(しょうらいあん)」への坂道があります。

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上の道に戻り、「嵐山 ご清遊の宿 らんざん」 広い敷地に宿泊、レストラン、会議・宴会場などがあります。最近、「明治天皇行在所山中邸跡」の石標が建てられました。

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「Suiran, a Luxury Collection Hotel, Kyoto」 五つ星のラグジュアリーホテルです。ここまで見てきた大堰川左岸のお店は全て営業中で、ちょっと嬉しくなりました。

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