2026年8月19日 (水)

伏見稲荷大社御旅所と稲荷祭

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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先日、堀川通から油小路通を東寺道まで歩き、東寺道を西に入り交差点の北西にある伏見大社御旅所に立ち寄りました。TOPは一の鳥居、南参道の右には祠が並んでいます。

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伏見稲荷大社の御旅所は、かつて七条油小路と八条坊門猪熊の二ヶ所に分れていました。右(南)から「大神宮」、天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)と豊受皇大神(とようけのすめおおかみ)を祀ります。

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平安末期から鎌倉初期にかけて中山忠親が著したとされる『山槐記』によれば、仁安2年(1167)4月23日、七条油小路の御旅所へ鳥羽上皇と藤原顕長が行幸した様子が記されています。「御旅殿(稲荷社)」 稲荷大神を祀ります。

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安土桃山時代の天正年間(1573-1592)、豊臣秀吉により二つの御旅所は現在地の八条二階堂屋敷跡に統合されました。「上命婦社」、上之命婦(かみのみょうぶ)を祀ります。

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「下命婦社」、下之命婦(しものみょうぶ)を祀ります。一般に命婦とは上位の女官のことですが、伏見稲荷大社の命婦社には船岡山の霊狐が祀られているといわれています。

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一つの建物の左は「社務所」(授与所)、右は「奉安殿」。昭和48年(1973)に建造された近代的な建物で、稲荷祭の期間、五基の神輿が奉安(安置)されます。

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「稲荷祭」は伏見大社の最も重要な祭礼で、神幸祭(4月20日前後近接日曜日)、区内巡幸(4月氏子祭の日)、還幸祭(5月3日)からなります。北参道の鳥居、御旅所が子供たちの遊び塲になっていました。

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稲荷祭の「還幸祭」では、五基の神輿に田中大神(田中社)、佐田彦大神(中之社)、宇迦之御魂大神(下之社)、大宮能売大神(上之社)、四大神(四之大神)が神輿に乗り、この御旅所に渡御します。下は伏見稲荷大社のHPからの転載です。

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かっては氏子が神輿を担いで御旅所まで巡行しましたが、現在は交通事情を考慮して専用の運搬車で御旅所まで運ばれます。下は伏見稲荷大社の裏参道の入口、「とっておき京都プロジェクト」からの転載です。

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神輿を運搬する車両はトラックだと思われますが、稲荷祭の期間中下の「神輿台車庫」に置かれます。運搬車には飾り付けがあり、神輿を運ぶ神具の一つと見なされ、このような大きくて立派な建物になっているようです。

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稲荷祭の「区内巡行」は4月下旬に行われ、神輿五基が各氏子区内を巡幸します。稲荷祭の奉仕には、昔から宮本組・川西崇敬会および五ヶ郷と称する氏子区域があります。これらの氏子区域は神幸・還幸の行列奉仕を担当します。

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五基の神輿は五ヶ郷が担当します。不動堂(田中社)、東九条(上社)、塩小路・中堂寺の交代で(下社)、西九条(中社)、八条(四之大神)の担当です。不動堂とは先日紹介したアパホテルがある地域です。「神楽殿」

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稲荷祭の「還幸祭」の起源は古く、諸説ある中に、すでに長久元年(1040)に行われた事が『春記』にみえ、『中右記』をはじめ諸記録によっても平安中期には盛んに行われていたことが知られています。

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伏見稲荷大社の本殿内陣の各御簾五条に、葵5個を結んだ桂の枝3本づつを懸ける葵桂奉懸の儀がおこなわれます。美しく飾られた30数台の供奉列奉賛列を従えた五基の神輿は市内の氏子区域を巡行した後、伏見稲荷大社に向かいます。

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途中東寺に立ち寄り、僧侶による「神供」(読経)を受けます。伏見稲荷大社と東寺の関係は、『弘法大師行状絵詞』にある、稲を背負った老翁(稲荷神)と空海が再会する逸話に由来しています。空海(774-835)は筑紫で、稲を担った老翁に出会います。

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老翁は仏法を守護する京都の柴守長者と名のりました。その後の823年、老翁は東寺の空海を訪ね、その時も稲を荷い杉の葉を持っていたといいます。空海は、7日間の鎮壇の修法を行い、老翁に鎮座させ、その稲荷いに因み、「稲荷明神」と称したといいます。

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この柴守長者の家がかつて八条二階堂屋敷の跡にあり、現在の御旅所の場所です。還幸祭の列が伏見稲荷大社に到着したあと、神輿より神璽が本殿へ奉遷され、無事の還御を称える神事が斎行されます。

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翌4日には、稲荷祭後宮祭が本殿において斎行され、約2週間に及ぶ稲荷祭は終了します。境内の南西隅に唯一のお塚「二丸大明神」がありました。

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ところで、伏見稲荷大社の社殿と氏子地域が離れているのには理由があります。かっての伏見稲荷の社殿は山上にあり、氏子地域は鴨川の西、東寺の周辺でした。しかし、社殿が火災で焼失してしまい、現在地の藤尾に遷されました。伏見稲荷大社の一の鳥居

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それまでは藤尾社(現藤森神社)があった場所ですが、天皇の勅命によって藤尾社は藤の森に遷されました。伏見稲荷大社の表参道の左に「藤尾社」(写真の右)があります。江戸初期に建立され日本書紀を編纂した舎人親王を祀り、例祭は5月5日です。

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藤森神社の藤森祭(5月1日〜5月5日)の神幸祭では、神輿、神役行列、鼓笛隊が氏子地域内を巡行します。その際、伏見稲荷大社の表参道を堂々と練り歩きます。このあと、油小路東寺道の交差点に戻りました。

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2026年8月18日 (火)

青蓮院 夜間特別拝観

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※写真は全てクリックで拡大します。

二日前の記事に続いて青蓮院を訪れました。青蓮院では、7月17日(金)~8月23日(日)の期間、「そうだ京都、行こう。Presents -青蓮華の夏灯り-」という夜間の特別拝観をしています。ただし、8月13日(木)~16日(日)を除く。

「青蓮院」は比叡山東塔南谷にあった青蓮坊が始まりで、鳥羽上皇が仁平3年(1153)白川坊舎を建て、皇子の覚快法親王が入寺してから門跡寺院となり、以後多くの天台座主を輩出しました。

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上の境内図で、入口(表門)が拝観受付になっていて大玄関から宸殿にあがります。

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宸殿は青蓮院で最も大きな建物で、徳川家康の孫・東福門院(後水尾天皇女御)の御所を移築したもの。ただし、明治26年(1893)に焼失後復興。宸殿の南庭がライトアップされ、正面は天然記念物の大クスノキです。

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苔庭には一面に蓮の花をかたどった灯りがあり、塀の照明がゆっくりと赤から青に変わります。また、夜空の星のような小さなLEDが庭を覆っていて、こちらはゆっくりと点滅します。

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青蓮院の本尊の熾盛光(しじょうこう)如来は「光」そのもので、その化身で日本三不動の一つ「青不動」(国宝)があることから、青い光を基調にしたライトアップが行われます。

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ライトアップは、東京・六本木ヒルズのイルミネーションなどを手掛ける内原智史デザイン事務所(東京都)の監修です。拝観順路は、宸殿(右)から小御所(正面)に渡ります。左に豊臣秀吉寄進の「一文字手水鉢」があります。

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「小御所」は平安時代末は門主の居間でしたが、後櫻町上皇が当院を仮御所とした際に、上皇も使用したそうです。小御所の縁から「相阿弥の庭」が見えます。右に「龍心池」があり、池の中や散策路がライトに照らされています。

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次の客殿(白書院)は「華頂殿」とよばれ、東(右)の部屋からは相阿弥の庭が眺められます。

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北の部屋には木村英輝氏奉納の蓮の襖絵(60面)と三十六歌仙額絵があります。

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丸い提灯を渡されて華頂殿から庭に下ります。宸殿(右)の横に小さな庭があります。

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外から廊下の障壁画が見えます。源氏物語(平安絵巻)をモチーフにして束帯姿の貴族は光源氏だといわれています。この廊下の右下に通路があり、相阿弥の庭に出ます。

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この庭園は、室町時代の相阿弥の作と伝えられます。粟田山を借景にしてその山裾を利用し、龍心池とそこに流れ込む小川の周囲を巡る池泉回遊式庭園になっています。池の向こう(東)の斜面に帰りの散策路があります。

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先ほどの客殿の横を通って北に向かいます。この右(東)には小堀遠州作庭の「霧島の庭」があり、五月の連休の頃、霧島つつじが一面を真っ赤に染めることからこの名があるといわれています。

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しばらく歩いて山の斜面の路を南に引き返します。斜面の路の途中には茶室「好文亭」があります。そのあたりは「大森有斐の庭」というそうですが、暗くてよく分かりません。

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斜面の散策路は、少し上り坂になって竹林の横の石段に突き当ります。そこから宸殿の前庭に下りれるのですが、いつものように上に立ち寄っていきます。

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石段の上には鎮守の「日吉社」があります。こちらも綺麗にライトアップされています。

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竹林の石段を下りると本堂の裏に出ます。かってはここに国宝の青不動(不動明王二童子画像)が安置されていましたが、将軍塚の青龍殿に遷されました。現在は不動明王と二童子の像があります。

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順路は本堂を廻り込んで宸殿の前庭の南を通ります。ここからは蓮の花のライトが近くに見えます(最後の写真も)。

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庭の南西角に鐘楼があり、散策路はそこから右(北)に曲がります。右手前は前の人の提灯です。 

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JR東海では「そうだ 京都、行こう。」キャンペーン緑の彩り編を4月16日(木)より実施。新緑の初夏から夏の終わりまで、様々なテーマで京都を楽しむ特別な観光コンテンツをEX旅先予約等で用意しています。宸殿の前庭の西から、左が宸殿、正面が本堂です。

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青蓮院のライトアップが今回のキャンペーンの目玉になっています。神宮道からも見える四脚門(御幸門)の前がフォトスポットになっています。

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