2017年1月24日 (火)

雪景色 常寂光寺

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事で、竹林の道を通り小倉池まで来ました。その先にいつも紹介している人形作家・森小夜子さんのギャラリー・カフェ「アイトワ」があります(この日はお休みでした)。

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アイトワを過ぎると常寂光寺の山門があります。「常寂光寺」は山号を小倉山という日蓮宗の寺です。境内を囲む「塀のない寺」としても知られています。

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安土桃山時代の文禄5年(1596)、究竟院日禛(にっしん)上人の隠棲地として、角倉家が小倉山の土地の寄進しました。「仁王門」は元和2年(1616) 大本山本圀寺客殿の南門を移築したもので、両脇の仁王像は運慶作と伝えられています(見えなくてすみません)。

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いつものように、中央の石段を上ります。急な石段で手すりもなく、ちょっと怖い思いをしました。

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慶長年間(1596~1615)に2世・日韶(にっしょう)上人が小早川秀秋の助力を得て、桃山城客殿をこの地に移築して本堂としたのが常寂光寺の始まりとされます。寺号は仏の住んでいる静かで汚れのない世界を表す「寂光浄土」からつけられたといいます。

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「本堂」 江戸期の文献・資料によると屋根は本瓦葺きの二層屋根となっているそうです。現在の平瓦葺きの屋根は、昭和7年の大修理の時に改修されたものです。本尊として十界大曼荼羅を安置しています。この左手に「妙見堂」があります。

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祀られている妙見菩薩は、慶長年間 (1596~1610) 保津川洪水の際、上流から流れついた妙見菩薩像をふもとの角倉町の船頭が拾い、久しく同町の集会所にお祭りされていたのを、享和年間 (1801~1803)、第22世日報上人の時に、この地に遷座されました。

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洛陽十二支妙見に数えられ、「酉の妙見」といわれます。本尊の能勢型の妙見大菩薩の他に、日禛上人開眼の鬼子母神と十羅刹女、大黒天像が合祀されています。

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妙見堂の前に見晴らしのよい場所があります。晴れてきて遠くまで見渡せるようになってきました。

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本堂裏に小さな庭園があり、池が凍っていました。

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山の斜面を上る道が付いていて、横に竹林があります。

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このあたりの道はあまり踏まれていなくて、かえって歩きやすい気がしました。

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登り道の途中に「歌仙祠」があります。創建以前からあった小さな祠をここに移転し、明治23年(1890)に改築したそうです。扁額は富岡鉄斎の筆、祠内に藤原定家、家隆の座像を祀っています。、

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「時雨亭跡」があります。藤原定家の小倉山荘の庵で、小倉百人一首の編纂などをおこなった場所といわれています(候補地は他にもあります)。この日は雪も埋もれていました。

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途中で多宝塔が下に見えてきます。

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山道の一番高いところに、ちょっとした見晴らし台があります。中央は双ヶ岡、その向こうに大文字山(如意が岳)。

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比叡山がかすかに見えます。

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仁和寺の五重塔

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パノラマにしました。

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帰りは「開山堂」の横を通って下ります。平成16年(2004)に建立され、日禛上人座像(江戸初期)を祀ります。

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「多宝塔」の石段下に来ました。元和6年(1620)に辻藤兵衛尉直信の寄進により建立され、釈迦如来と多宝如来を祀ります。

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本堂の前まで下りてきました。*記事の最後の「お願い」をよろしく。

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本堂の右手にある「鐘楼」 江戸初期の寛永18年 (1642)第4世・光照院日選上人の建立で。梵鐘は戦時中に供出され、現在の梵鐘は昭和48年に青木一郎博士の音響設計により、古律黄鐘調の新鐘として鋳造されたものだそうです。

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鐘楼の横から仁王門まで下る坂道があります。ここは紅葉が綺麗な場所です。

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仁王門から山門の方に戻り、次の目的地に向かいました。

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2017年1月23日 (月)

雪景色 光明院 東福寺塔頭

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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東福寺の塔頭 光明院の雪景色です。
積雪が多いと、「南の東福寺に行かなくては・・・」と、反射的に思うようで、東福寺の雪景色は他の寺院より多いという結果になっています。

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東福寺 塔頭  光明院 
明徳2年(1391年)に金山明昶(きんざんみょうしょう)により創建された東福寺の塔頭で、重森三玲氏による「波心の庭」があります。

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白砂と苔の間に石を並べた「波心庭」は、「虹の苔寺」とも言われています。

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光明院は、ブログ開設当初のまだ有名でなかった頃より何度も訪れていますので、下記のリンクにて四季折々の光明院をお楽しみください。

  ◆光明院の四季   (東福寺・塔頭) 

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ここ波心庭には三尊石が左右と中央の三組配置されています。

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釈迦、阿弥陀、薬師の三尊から放射状に光明が放たれる様子を立石で表しています。

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書院の丸窓(吉野窓)から南の三尊石が見えます。

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書院から

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本堂(方丈)には本尊の釈迦如来を安置しています。

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本堂から、
ここの紅葉の景色が2000年のJR東海「そうだ 京都、行こう」のキャンペーンポスターに使われました。

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奥はサツキの刈り込み、初夏の花に時期にも取り分け美しい庭です。

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庭中央奥の三尊石

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背後の斜面の上(雲の上)には茶亭「蘿月庵」が建っています。蘿月(らげつ)とは蔦葛(つたかずら)の葉の間に見える月を表すそうです。

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白雪の上に枝の影が映って・・・

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東福寺あたりは早くに晴れ間が現われ雪が溶けだしたので次に移動しました。

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2017年1月22日 (日)

雪景色 嵯峨野竹林から小倉池へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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昨日の記事の天龍寺を出て、嵯峨野の竹林にやってきました。長辻通の入口付近は混雑していましたが、歩くうちに次第に人がまばらになってきました。最初の角を曲がると、向こうに見えるのは野宮神社。

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竹林の中は竹が覆いかぶさっているのに、意外と雪が積もっています。

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平安遷都後、嵯峨野に野宮という社ができ、伊勢神宮の斎宮に選ばれた皇女が1年間ここに籠って精進潔斎をする習わしがあったといわれています。正面の黒木の鳥居は最古の鳥居の様式で、小柴垣と合わせて往時をしのばせています。

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祭神として天照大神を祀り、縁結び、子宝、安産のご利益があるとされています。

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授与所

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授与所の後に嵐山を表現した苔庭があり、こちらも雪で覆われています。

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電車の来る音がしたので神社の右手にある踏切に来ました。ここは山陰本線の野宮踏切で、心霊スポットともいわれています。夜中に自転車で通ると後輪が重くなって、振り返ると…、だそうです。

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踏切の手前に「小倉百人一首文芸苑(奥野々宮地区)」があり、「後撰集」に収められている7首の歌碑があります。そのうち二つだけを、文屋朝康「白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける」

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天智天皇「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」

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もう一度野宮神社の前に戻り、その左手にある道を歩きます。

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しばらく歩くと天龍寺の北門の前を通ります。天龍寺から北門を出て北に行くと、野宮神社を通らないことになります。

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北門を過ぎると、本格的な竹林の道になります。

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このあたりは南から北への緩い上り坂になっています。振り返って撮っています。

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向こうに竹林の道の突き当りが見えてきました。左は亀山公園、右はトロッコ嵐山駅や小倉池方面に出ます。

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突き当りから今来た道を振り返って

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亀山公園の展望台に寄ってきます。展望台へ上る途中では南側に市内が見渡せ、

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展望台からは保津峡が見えます。

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いつもは保津川下りの船、コンビニ船、星のや京都の送迎船などが見えるのですが、この日は一隻も見ませんでした。

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山の中腹にある大悲閣千光寺は、慶長19年(1614)に角倉了以が二尊院の僧、道空了椿(どうくうりょうちん)を中興開山として建立した禅寺です。

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もう一度、竹林の道の突き当りまで来て反対側の小倉池の方に向かいます。左は大河内山荘の入り口ですが、天候不順のため閉門していました。

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小倉池の前に来ました。左手にある御髪(みかみ)神社に寄ります。

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ここには、藤原鎌足の末孫、藤原采女亮政之(うねめのすけまさゆき)が祀られています。日本で唯一の髪の守護神として信仰されていますが、そのいわれについてはこちらをご覧ください。

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毘沙門天、神社でも祀っているところは多いようです。

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池の東の道を北に行きます。

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対岸は御髪神社。

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