2021年12月 8日 (水)

出世稲荷神社 2021秋

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日の記事の大原念佛寺を出て、山沿いの道をさらに南に歩きます。この道は三千院の裏参道でもあります。下はおやつ処「玄印」 京わらび餅、ずんだ餅、黒豆大福、栗きんとん餅など餅菓子のお店です。

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喫茶「IRORI(いろり)」 喫茶を利用すると、駐車場を終日無料で利用することができるそうです。また、しば漬けの「志ば久」さんも、ここに駐車することをお勧めしています。ここで、山の斜面に沿って少し右に曲がります。

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同志社大学 大原農家キャンパス「農縁館」 現在では少なくなった茅葺(かやぶき)の建物です。左に「京都大原里づくり協会」の看板がかかっています。 

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かっての大原は茅葺の里で、夕方にもなると破風(屋根の三角の換気口)から夕食(ゆうげ)の煙が昇るのどかな風景が見られたそうです。この道は少し高い場所を通り、里が下の方に見えます。

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この建物もかっては茅葺だったようです。向かいの山際に出世稲荷神社があります。

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「出世稲荷神社」天正15年(1587)に豊臣秀吉が聚楽第を造営するときに、邸内に日頃信仰していた稲荷神を勧請したのが始まりです。(左に社殿・授与所がありますが、最初に坂を上り奥の宮に向かいます。)

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翌年、後陽成天皇が聚楽第に行幸して稲荷社に参拝したときに、立身出世を遂げた秀吉にちなんで「出世稲荷」の号を授けたとされます。

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聚楽第が取り壊された後も元の場所に鎮座していましたが、江戸時代前期の寛文3年(1663)に二条城西の千本通沿いに遷座しました。

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この狛犬は表情が可愛くて「笑う狛犬」として人気があるようです。その奥には一対の狐が社殿を護っています。

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「奥の宮」には出世稲荷大神(稲倉魂命)が祀られ、開運出世、衣食住、地位名望、衆人愛敬、農工商その他一切の生業に大繁盛、延命長寿と病気平癒、千客万来、武運長久、善知識、金銀財宝をもたらす10種類のご利益があるとされます。

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千本通では開運出世の神として大名や公家から庶民にいたるまでの崇敬を受け、江戸時代後期には庶民が寄進した300本を超える鳥居が立ち並んでいたといいます。(一番奥の「水天宮」には、子供の守護、水難除けなどのご利益があります。)

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奥の宮の左の「三石大神」(右から福石、寿石、禄石) かっては博徒相場師が信仰しており、現在では勝負の神として強運祈願が行われます。狛犬は江戸時代後期の町火消で侠客の新門辰五郎の奉納。

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辰五郎は文政4年(1821)の浅草花川戸での火災現場で纏を掲げて屋根に上り、遅れてきた柳川藩の大名火消しを落として負傷させ、両陣営が大喧嘩となりました。屋根で幟を掲げた一番乗りの火消が、その消火活動を仕切る習わしでした。

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鎮火後に辰五郎は単身で柳川藩藩邸に乗り込み、下手人は自分であるため好きにしろと啖呵を切るも、柳川藩は処分できませんでした。この事件は世間の評判となり、を組の火消の辰五郎は江戸の町で名を上げました。

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明治以後には千本通界隈が映画興行の街として繁栄し、映画俳優や監督らが鳥居を寄進しました。下は牧野省三・尾上松之助等の寄進で向拝が新築された記念碑で、かっての社殿の前に建っていました。遥拝所でもあるようです。

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近年、千本通がビル街となり氏子も減少、狭い境内を駐車場にして社殿を維持してきました。「大神宮」には伊勢神宮内宮と同じ天照大御神を祀ります。鮮やかな紅葉と椿に覆われていました。

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しかし、老朽化した社殿の全面的な修復費用が工面できず、平成24年7月に境内地を売却して大原のこの地に移転しました。かっては賑やかな千本通にいた狛犬たちも、現在ではのんびりと大原の里を眺めています。

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宮司さんは「苦渋の決断だが、場所が変わっても出世稲荷神社を残すことが一番と考えた」とおっしゃったそうです。社殿・授与所はかって旅館だった建物を利用しています。

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社殿には、清水焼陶工・六代目清水六兵衛作の御神体を安置しています。下は2年前の冬に特別に撮影させていただいた写真で、中央の厨子の中に御神体があります。

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室内には堂本印象が奉納した「雲龍図」をはじめ、様々な奉納品が安置されています。かっては旅館の受付だった建物の入口は授与所になっています。

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御朱印や二対の鈴からなる「出世鈴」が人気で、二つの鈴は神様と自分に出世を誓うのだとか。また、節分に魔除けや厄除けに柊鰯(ヒイラギいわし)を玄関に飾る風習がありますが、鰯の代わりに出世鈴を飾った「ひいら木」があります。

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堂本印象がこの旅館を愛用していたことが後に分かり、三千院の客殿が聚楽第の資材を利用したこともあり、宮司さんはこの地に不思議な因縁を感じているそうです。

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ここから、少し遠いですが最後の目的地の寂光院に向かいました。

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2021年12月 7日 (火)

亀山展望台から小倉池へ 2021秋

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の亀山公園の展望台からもう少し南の亀山地区頂上展望台に来ました。ここからは保津峡や「星のや京都」が一望できます。

左の山の中腹は「大悲閣千光寺」という禅寺で、慶長19年(1614)角倉了以が二尊院の僧、道空了椿(どうくうりょうちん)を中興開山として建立しました。

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下は、渡月橋南詰から大堰川(保津川)の右岸を遡る道で、突き当りに星のや京都、その横に大悲閣への登り口があります。

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いつものように、保津川下りの船をコンビニ船が出迎えて並んで下っていきます。右はもっと上流の船を迎えに行くところだと思います。

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屋形船や手漕ぎボートがここまで来るのはあまり見かけません。

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星のや京都の送迎船がお客を乗せて到着、桟橋ではお出迎えがあります。

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もう一度竹林の小径の突き当りの大河内山荘(左)の前まで戻り、右の道を下ります。この頃には露地行灯に明かりがともりました。

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坂道を下ったところにトロッコ嵐山駅があります。昨日の記事の野宮踏切を通ってJR山陰線も通ります(通過)。

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トロッコ駅の北が交差点になっていて、左が小倉山(亀山)に登る京都トレイルや御髪神社の参道、右が北に向かう散策路です。

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小倉池は4年前から水質改善と水中生態系の保全を目的に整備工事が行われ、池底整備と池岸の石積みが完了。その後、池底に花蓮を定植する作業が行われ、現在は一面に蓮の葉が広がっています。

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「御髪神社」は、日本で唯一の髪の毛や理容・美容(化粧品・洗髪剤・育毛剤・カツラ等)にたずさわる業界の守護神を祀る神社です。

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祭神として、藤原鎌足の末孫、藤原采女亮政之(うねめのすけまさゆき)を祀ります。宮司さんが社務所におられるときは御朱印がいただけます(日の丸が出ているので分かります)。

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ところで、昨日の記事で紹介したように「嵐山花灯路」は今年度で終了します。また「東山花灯路」も来年4年3月4日~13日が最後だそうです。これらの「京都・花灯路」は閑散期の誘客や宿泊観光の促進を目的に取り組んできた事業でした。

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これまでの事業の結果、月ごとの観光客数の繁閑差が縮小して年間を通して観光客が訪れるようになりました。大きな成果が上がり、20年目という伏目で区切りをつけることになったそうです。

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来年度以降の取り組みについては別の機会に紹介します。池の北は桜並木で紅葉もあり、道の左側はライフスタイルコンサルタント森孝之氏が整備した「庭宇宙アイトワ」です。

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森氏は荒地に1,000本の木を植え、生ゴミや屎尿を還元する菜園を作り、省エネ、自然エネルギーを利用して、半自給的なエコライフを実現しています。桜並木の左(西)はアイトワの私有地のようです。

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桜や紅葉の頃はそれぞれのトンネルになり、このあたりの名所になっています。

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桜並木の北端に、孝之氏の奥さんで人形作家の森小夜子さんが経営するカフェとスタジオ・ギャラリー「アイトワ」があります。正面はギャラリー、カフェは右にあります。

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カフェでは気軽な食事もでき、スタジオでは人形教室も行われます。森小夜子さんの人形は、子供でありながら憂いを秘めた深い表情と精緻な民族衣装が特徴で、写真集や展覧会も人気です。いつも庭に人形がいます。

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アイトワは、「愛とは?」「愛と環」「愛永遠」の三つの意味を込めた言葉だそうです。下の写真は隣にある管理物件で、いつも気になっています。

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振り返って、アイトワの向かいは竹林になっていて、常寂光寺や落柿舎はすぐ近くです。

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