2026年1月16日 (金)

華光寺 出水の毘沙門さま

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の光清寺の東にあり、こちらも京の冬の旅で初めて公開された華光寺(けこうじ)を訪れました。京の冬の旅では今年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公・豊臣秀長と兄・秀吉ゆかりの地をテーマにしています。

山門は、伏見城から移築されたと伝わる、一般寺院としては珍しい六足門です。

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華光寺」は山号を華金山という日蓮宗の寺です。安土桃山時代の天正11年(1582)妙顕寺の12世日堯(にちぎょう)上人が隠居所として寺町通今出川に開創したのが始まりです。「本堂」

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本堂に隣接して「毘沙門堂」があり、秀吉ゆかりの毘沙門天像が祀られていることから「出水の毘沙門さま」と親しまれてきました。明治の神仏分離令のあとも、本堂の前に鳥居があるのは珍しいとされます。

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本堂には本尊の十界曼荼羅が安置されています(中央厨子の中)。手前に日蓮聖人像、周囲に釈迦如来像、多宝如来像、四菩薩像などが祀られています。*建物内は撮影禁止で、以下の写真は京の冬の旅のしおりからの転載です。

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毘沙門堂の厨子の中には、平安時代後期、鞍馬寺の毘沙門天像と同木で作られたと伝わる毘沙門天像を祀っています。甲冑をまとい三叉戟(さんさげき)を手にした像高約160cmの木像で、秀吉が伏見城で信仰していたものと伝えられています。

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通常は厨子内に納められ、縁日にも薄い幕越しにしかお参りできなかった毘沙門天像が、京の冬の旅で御開帳されています。当山第22世不側院日神上人の縁起記には、「ある夜、毘沙門さまが秀吉公の夢枕に立ち法華経信仰の道場を求められた為、

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秀吉公自ら当山に立ち寄り毘沙門さまの像を寄進された」と記載されています。この毘沙門天は古くから宗教宗派問わず、関運勝利・財運招福の御利益で信仰を集めてきました。足で邪鬼を踏みつけています。

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隣には豊臣秀吉像が安置されています。かって境内には秀吉が植えたとされる松の木があり、晴れているのに枝からボタボタと滴がいつも落ちていたそうです。 

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その様がまるで時雨のようだったことから「時雨松」と呼ばれ、出水の七不思議の一つとなりました。既に松は枯れ、本堂横の書院にはその古株が飾られていました。

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秀吉愛好の銘木と言われた「五色椿」は、春秋二期の開花時になると、1本の木に異なる五色の花をつけたといわれています。五色椿もすでに枯死していますが、境内に植えられたたくさんの椿がその名残を惜しんでいます。

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創建以来、武家の菩提寺として栄え、最盛期には本堂、方丈、書院、三層楼、番神堂、歳徳堂、明神堂、鐘楼などの諸堂の他、境内には本妙院、法宣院、唯心院などの本頭4院を擁し、京都二十一ヵ本山に準じられたほどでした。

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華光寺は寛文3年(1663)に現在の出水の地に移転しました。 毘沙門堂の横には時雨松の後継樹が植えられています。

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毘沙門堂の前の鳥居や下の狛犬は、幕末に祈願成就の御礼として寄進されたといわれています。

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梵鐘には「正応元年(1288)10月18日庚午鋳工橘則弘」の銘文があり、鎌合時代後期の作といわれます。銘文の「年」には、則天文字(中国の女性皇帝・則天武后の創作した文字)が使われており、数少ない事例として京都府文化財に指定されました。

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この寺では、池波正太郎の『鬼平犯科帳』のモデルとなった西町奉行の長谷川平蔵の父、長谷川宣雄の葬儀が行われました。宣雄は京都町奉行、御先弓頭、従五位下備中守などを務め、安永2年(1773)に死去して当寺に葬られました。「墓地」

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墓地には、江戸時代後期の画家・宇喜田一恵(1795-1859)、儒者・平塚飄斎(ひょうさい、1794-1875)、加藤清正の子孫一族の墓碑などがあります。本堂左の「岩國大明神」には倉稲魂神(五穀の神)、艸薙剣神(水の神)、綿津見神(海の神)が祀られでいます。

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毎月1日に毘沙門天御開帳、2月節分・星祭り祈祷会、3月と9月に彼岸会、8月にお盆の精霊迎え・施餓鬼法要、11月万燈会、12月お火焚き会が行われます。電動キックボードシェアリングサービス「LUUP」のポートがありました。

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2026年1月15日 (木)

光清寺 京の冬の旅で初公開

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日は京都市・京都市観光協会が主催する「京の冬の旅」で特別公開されている三つの寺院に出かけてきました。最初に訪れたのは、出水通七本松東入るにある光清寺です。

光清寺」は山号を心和山という臨済宗建仁寺派の寺院です。寛文9年(1669)伏見宮貞致(さだゆき)親王が生母・慈眼院殿心和光清尼の菩提のため杲山義洋(こうざんぎよう)和尚を開山として創立しました。

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創立当初は天台・真言・華厳・禅の四宗兼学で声実庵と称しましたが、宝永3年(1706)堂宇を焼失して伏見宮邦永親王により再建されました。この時伏見宮の生母の法名を寺号とし、心和山光清寺と改められました。

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なお宮家の縁故により無本寺格として準宮門跡に列せられました。無本寺とは本山がない寺院のことです。明治初年に臨済宗建仁寺派に属しました。(庫裏の前には小さいながら重森三玲晩年作の「心月の庭」があります。)

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元は大きなクロマツが植えられていましたが、その木が枯死した跡に、州浜形に縁どられた白砂台を設け、石組みを配した庭です。

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「鐘楼堂」は昭和42年(1967)に総ケヤキ造で建立され、鐘は黄鐘調(おうじきちょう)という音色だそうです。

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左に見える中門は年代不明ですが当寺で最古の建物で、扉に開基の伏見宮家の家紋(十四裏菊)の透かし彫りがあります(最後の写真)。中央の玄関が拝観入口です。

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本堂には、平安時代の慈覚大師(円仁)作と伝わる聖観世音菩薩立像が安置されています。部屋の内部は撮影禁止で、下は京の冬の旅のしおりからの転載です。

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本堂の前に広がるのは「心和(しんわ)の庭」。光清寺の山号にちなみ、12の石と苔で「心」の字が形作られています。池に中の島で心の字を描く例はありますが、枯山水では他に例がないそうです。

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庭園はスマホか携帯でのみ撮影可能でした。下はしおりからの俯瞰図です。

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神仙世界にあるという「蓬莱」「方丈」「瀛洲(えいしゅう)」「壺梁(こりょう)」の四島に見立てて、広がる白砂が大海を表した枯山水庭園となっています。

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庭の南は竹垣で区切られていて、斜めの竹が心の字を表すデザインになっています。

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本堂には出水の七不思議に数えられる「浮かれ猫の絵馬」と呼ばれる、猫と牡丹と蝶が描かれた絵馬が展示してありました。以前は山門脇の弁天堂にありましたが、痛みを防ぐために複製と置き換えたそうです。

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江戸時代の終わり頃、光清寺の近くにある五番町遊郭から夕暮れになると三味線のいい音色が聞こえてきます。その音に誘われるように弁天堂の絵馬から猫が浮かれ出し、女性の姿に化けて踊るようになりました。

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それを見た人たちは大騒ぎになり、騒ぎを知った光清寺の住職は法力で浮かれ出した猫を絵馬に封じ込めました。すると、その日の夜遅く住職の枕元に正装をした武士が現れました。

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武士は「私は絵馬の猫の化身だが不自由をしている。これからは世間を騒がせないので、どうか許してもらいたい」と懇願、哀れに思った住職は戒めを解きました。それからは、浮かれ猫の姿を見たものは誰もいないといわれます。 

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弁天堂は大正7年(1918) の再建。中央に弁財天、両脇に稲荷大明神と愛宕大権現が祀られています。弁財天は仏教と学芸の守護神で、光清寺の鎮守です。墓地には臨済宗の檀信徒の永代供養墓があります。

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光清寺は「乾三十三所第六番」の札所でした。乾(戌亥)は北西の方角を意味し、この霊場は洛中の北西部(現在の上京区西部と北区南西部)にあり、智恵光院や椿寺、だるま寺も入っていました。最後の写真は中門からの心和の庭。

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