2022年5月28日 (土)

京都御所 庭園と御殿を巡る

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

少し前に通年公開している京都御所を訪れ、南部の承明門や紫宸殿(上の写真)を中心とする建物を紹介しました。今日はその続きで、御殿や庭園を巡ります。

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春興殿の西に中門があり、ここから先が拝観区域の北になります。

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「小御所」平安京の内裏にはなく、鎌倉時代に建てられました。室町時代には将軍参内の際の休息所、江戸時代には幕府の使者や所司代の謁見所、幕末には藩士・公卿の謀議所として用いられました。 幕末(1868年)には「小御所会議」が行われました。

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1月3日に行われた小御所会議は、同日に発せられた王政復古の大号令で新たに設置された総裁・議定(ぎじょう)・参与の三職が行った最初の国政会議です。倒幕派の計画通り、大政奉還した徳川慶喜の官職(内大臣)辞職、徳川家領の削封が決定されました。

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建物の前に、各部屋の襖絵の写真が置いてあります。下段の間には原在照(ざいしょう)の「岳陽楼図(がくようろうず)」。岳陽楼は中国湖南省にある楼閣で、眼下に広大な洞庭湖、北に長江を臨む雄大な景観で知られます。

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中段の間には岸岱(がんたい)の「蘭亭ノ図」 蘭亭は中国浙江省蘭渚(らんしょ)にあった亭(あずまや)。東晋の永和9年(353)王羲之がこの会稽山の麓の名勝で名士や一族を招いて「曲水の宴」を開き『蘭亭集序』に書いたことで知られます。

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上段の間には狩野永岳の「十八学士登瀛州図」。唐の秦王李世民は、学問所を設置して多くの好学の士を集め、そのうちの18人を文学館学士に任命。彼らは「登瀛州(とうえいしゅう)」と呼ばれました(瀛州は神仙が棲むという伝説の三つの島)。

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「御池庭(おいけにわ)」 平安京の内裏にはありませんでしたが、江戸初期に里内裏が拡張された際に作庭されました。その後火災。改修を繰り返し、現在の御池庭は延宝年間(1673-1681)に完成したといわれています。

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かっては東山の借景を取り入れた池泉回遊式庭園になっていて、池には南北に3つの中の島、手前には大きな州浜があります。北と南の中の島には橋がかかり、中央の中の島は蓬莱島で御舟宿があり、雪見燈籠が建っています。

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「蹴鞠の庭」 小御所の北にあり、蹴鞠や砂立舞楽が行われた場所です。現在でも国賓に蹴鞠が披露されることがあるそうです。

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4月8日の午前中に「蹴鞠保存会」による蹴鞠の披露があったそうです。ただし場所は春興殿前の広場(紫宸殿の回廊の東)です。下は看板にあった写真です。

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池の方に踏み石が並んでいるのは、舟遊びをしたのかも知れません。

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「御学問所(おんがくもんしょ)」 もともと清涼殿内にありましたが、慶長年間に徳川家康が行った造営で別棟に建てられました。皇太子が学問をする場所で、歌会や対面などにも使われました。大政奉還の大号令が出された場所でもあります。

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この日はまだ梅が咲いていました。

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「御常御殿(おつねごてん)」 平安京内裏では天皇の日常の生活の場は今は無き仁寿殿が使用されました。その後、清涼殿内に造られ、室町時代以降は御常御殿が建てられ御座所となりました。現在の建物は安土桃山時代の1590年に別棟として建立されました。

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下段の間iには座田重就(さいだしげなり)の「高宗夢賚良弼図(こうそうむらいりょうひつず)」、 殷の高宗が夢に出てきた賢人を探すところを描き。その賢人が傅説(ふえつ)。高宗は文字を創造したという伝説があります。

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中段の間には鶴沢探真の「大禹戒酒防微図(たいうかいしゅぼうびず )」、伝説的な賢帝の禹が儀狄という人物から「酒」を献上されたところを描いた絵です。

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上段の間には、 狩野永岳の「尭任賢図治図(ぎょうにんけんとちず)」。尭は中国古代の伝説上の聖天子、理想の君主とされました。尭が賢人を任用して国を治め、理想的な政治を行った場面。他に永岳の「桐竹鳳凰図もありますが写真はありません。

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「御内庭(ごないてい)」 幕末から明治にかけて整備された庭で、遣り水が北から南に流れて「流れの庭」ともいわれます。以前は琵琶湖疏水の水を引いていましたが、現在は井戸水を汲み上げているそうです。水は南の御池庭に流れ込みます。

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「迎春(こうしゅん)」 安政の造営の後の1857年に建てられ、孝明天皇の書見の間になりました。順路はここまでで、迎春の近くには行けませんでした。

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拝観順路はここから御常御殿と御学問所の間に向かいます。

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御常御殿の南側、紅梅が咲いていました。

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2022年5月27日 (金)

上七軒を歩く 東部

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事に続いて上七軒を東に向かって歩きます。上と下はお茶屋の「藤幾(ふじいく)」。写真家の十文字美信さんの随筆に、紹介された知人に「一番年長の芸妓さんに遊ばれてみたい」とお願いする場面があります。

薄い色の着物をすらりと着た、とてもきれいな芸妓さん・勝喜代さんが登場、その話術と三味線、踊りに楽しい時を過ごしました。後で調べると、水上勉の小説『上七軒』に勝千代の名で登場する名妓で当時80を超えていたそうです。

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「GRACE SAISON」 ヨーロッパの伝統あるお菓子をベースに「京都の風情の中より季節を映す洋菓子」をテーマとしているそうです。この通りで唯一の洋風な外観の建物です。

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昨日の記事で通りを東に行った芸妓さん、二人を連れて戻ってきました。これからお食事かお座敷に行くのかも知れません。

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「上七軒 億」全6室がすべてスイートルームのホテルです。前もって連絡すればお風呂にお湯をはってお待ちしているそうです。バーもあり、前述のくろすけの豆腐料理も頂けます。上七軒のお茶屋を紹介して芸舞妓をよんでの宴を催すこともできます。

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お茶屋「大市」 今まで何軒かお茶屋を紹介しましたが、上七軒には7軒のお茶屋があります。そのうち、市、大文字、中里、梅乃は置屋にもなっていて、芸舞妓が所属しています。

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「鮓 芳月」 おいしいお寿司と地酒が楽しめるそうです。

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南にある脇道に上七軒の提灯が見えるので、立ち寄って行きます。

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「糸仙」 上品な広東料理のお店です。どの料理も美味しいと評判で、なかなか予約が取れないそうです。

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「Luxury Machiya Takeya Bekkan」 3つ星ホテルで、外国人には知られているようです。通りが狭く正面から写真が撮れず。2枚の写真は南から北に向かってです。

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路地の奥に「上七軒治郎吉」 京都らしい繊細なお出汁が美味しいおでんと、 新鮮な海鮮、お鍋や、沖縄料理などをカウンターで頂くお店です。先ほどの芸妓さんたちはこちらでお食事のようです。

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「上七軒 四季」 お茶屋風バーで、芸舞妓さんを呼んで大人の時間を過ごしてみませんか、と紹介されています。

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「まつひろ商店 上七軒店」 雑貨屋で、たくさんのがま口をそろえています。全国の有名百貨店などで期間限定の特別販売やオンラインショップも行っています。

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もう一つ南の脇道にも提灯が見えているので立ち寄ります。左手前は「ハイツ真盛」、真盛(しんせい)は昨日の記事の西方尼寺を開いた天台僧ですが、ここは上京区真盛町です。

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「千ざい」 元芸妓さんが作るこだわりのお好み焼き屋で、鉄板焼きや焼きそばもあります。

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「鶏料理 なが田」 親子丼、鳥なんばから、一品料理、水炊き、すき焼き、コース料理など各種あります。戦後、京都北区の養鶏場を営む家に生まれたご主人が選ぶ、京都京赤地どり、秋田県比内地鶏、石川県すずの塩がいただけます。

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提灯の灯りが目立ってきました。

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「ふた葉」 うどん、そば、丼物が各種あります

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提灯に「クラブ」、表札に「安川」、玄関の戸には多数の芸舞妓さんの団扇が見えています。スナックのようですが、現在営業していないかも知れません。

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「スナック 舞扇」 今出川通はすぐそこです。

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隣は「西陣皇都堤瓦磚」GoogleMapには建築材料納入業者とありますが、瓦屋さんだそうです。軒に多数の鬼瓦が載っています。ちなみに、堤瓦は棟を包むのに用いる半円筒形の瓦、磚(せん)は東洋建築に用いられるレンガだそうです。

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今出川通に出ました。

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